高松高等裁判所 昭和31年(ネ)170号 判決 1963年6月14日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二三年一二月三一日愛媛県伊予郡双海町(買収当時は下灘村)大字串カミヤ乙八二九番地の四、畑四反八畝一四歩についてした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は、左に附加する他、原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
(一) 本件果樹園が自作農創設措置法(以下単に自創法という)にいう農地に当らない事由として左記の点を附加する。
自創法で買収の対象となるのは耕作の目的に供されている土地に限るものであり、その地上に存する物件には及ばない、その土地上に小作農が所有している物件以外に土地所有者が所有している物件がないことが必要である。もし地上に土地所有者の物件があり、これを農地と共に買収しようとするときには、その地上物件処理のための特別な規定が必要であり、自創法第一五条の規定による附帯買収の如きがこれである。このような規定がないのにかかわらず、一方的行為である買収をすることはできない。本件果樹園に生立する蜜柑樹は自創法第一五条で買収されるべき附帯施設ではない、かつ、右蜜柑樹は土地所有者たる控訴人の所有であり、土地とは独立した権利の対象物となり得るものであり、「立木ニ関スル法律」(明治四二年法律第二二号)「樹木ノ集団ノ範囲ヲ定ムルノ件」(昭和七年勅令第一二号)により登記をなし得るものである。右法規による登記を経ていなかつたとしても、それは第三者に対抗できぬというだけであり、自創法による買収権者には対抗できるものである。このような土地から独立した物件を一方的に買収するためには、特別の規定がなくてはならず、これなくしてなした本件買収は違法であり、無効のものである。
(二) 本件買収は、買収農地を訴外戎井類太郎に売渡し、同訴外人を利することを目的としてなされた違法なものである。
即ち、本件買収は自創法第三条第五項の規定によるいわゆる認定買収であるが、右訴外人は本件農地買収売渡処分当時既に七〇歳の高令で本件農地を耕作する能力もなく、またその後継者もなく、自作農たり得ない者である。しかるが故に、同訴外人は、昭和二九年一月中旬頃本件農地の一部分の耕作権を訴外中田繁夫に売却し同三〇年三月一三日にはその所有権を訴外村上正盛に売却している。
これは結局自作農たり得ない戎井を利する目的のためにのみ本件買収が行なわれたものであり、これは自創法の目的に反し、違法なものであるから無効である。
(三) 本件買収は自創法第三条第五項第二号によるいわゆる認定買収であるが、このような方法で買収したことにつき、次のような違法があるから無効である。
(イ) 本件農地は自創法第三条第五項第二号による買収の対象となるべき農地ではない。
(ロ) 下灘地区農業委員会管内における自創法第三条第一項第二号の小作地保有面積は五反歩であり、同項第三号の保有面積は一町八反である。
しかるに、控訴人所有農地に対する自創法による農地買収の結果、控訴人が保有を許された自作地は五反二畝五歩であり、同小作地は二反二畝一二歩にすぎず、買収された農地は本件農地が四反八畝一四歩であり、本件以外の農地が九反八畝一〇歩である。
即ち、控訴人が保有を許された小作地面積は自創法第三条第一項第二号所定の五反歩よりはるかに少く、又右保有小作地面積に保有自作地面積を加えても、同項第三号所定の一町八反よりはるかに少なくなる。このように法で許された面積の農地の保有も許さないような本件買収は違法である。
(ハ) 自創法による農地買収は、同法第三条第一項第二号による買収から先ず行なわれるべきであり、又、同条第五項第二号による買収の場合においては、本件農地のように地上に果樹のあるようなものは避け、純粋の農地から先に行なうべきものである。かくして、先ず同条第三項第二号該当農地の買収をした後、なお、同条第五項第二号該当農地があるときには、残存小作地が五反歩に到るまで買収することができるわけである。
しかるに、本件においては、本件農地の他に、なお控訴人所有の純粋の農地で小作地たる二反一畝一四歩があるのにかかわらず、これらの農地を買収することなく、最も後に買収すべき本件農地を買収したのは違法である。
(ニ) 又、右(ハ)のような事由及び前記(一)(二)の事由等からして、本件買収は権利の濫用というべきである。
(四) 自創法は憲法第一三条、第二九条に違反するものである。
私有財産は公共のために用いられることはあるが、その公共のためとは、不特定多数人がその財産を直接目的となし得る場合であり、このような場合にはその対価として正当な補償をなすべき財源が生じるわけである。しかるに自創法による農地買収は、その直接目的となり得るものはなく、単なる国の施策であり、従つて、正当な補償をなし得べき財源もない。
即ち、自創法による農地買収は、その目的が公共のためでなく、その補償も正当でないから、憲法第二九条に反する無効のものである。
(五) 本件農地買収は憲法第二九条に反した無効のものである。
仮に、自創法全体が憲法の前記条項に反するものでないとしても、自創法の適用については厳格にすべきであり、争いのない純粋の農地のみの買収に止めるべきである。本件農地買収は、本件果樹園を農地と認定するに疑義があり、また、本件果樹園以外に控訴人所有の純粋な農地があるのであるから、このような場合に、本件果樹園を買収することは、憲法第二九条に反するものである。
(六) 後記被控訴人主張の(三)の(ロ)の事実中、被控訴人が控訴人の保有小作地であると主張する別表農地のうち、(2)の面積は二三歩であり、(9)は(5)と重複しており、(12)ないし(14)の土地は控訴人の自作地であり、(15)ないし(18)の土地は山林であり、昭和二三年一月二二日に訴外吉岡芳雄に売却していたものであるから、自創法による農地買収とは関係なく、(19)(20)の土地は、前同様山林であり、昭和二三年二月頃売却したものであるから農地買収と関係なく、(21)の土地は控訴人の母が耕作しており、訴外小池義徳とは関係がない。(22)ないし(28)の土地については、(23)の土地が控訴人の所有であることは認めるが、これは昭和二三年二月一六日に訴外戎井門平に売却したものである。結局控訴人保有小作地は二反二畝一二歩である。
(被控訴人の主張)
(一) 前記控訴人の主張(一)について、
右控訴人主張事実を争う。本件果樹園における蜜柑樹と土地とは各個独立した存在でなく、蜜柑樹は土地の定著物であり、土地と一体をなし、土地と運命を共にするものである。従つて、土地に対する買収は、当然その地上の蜜柑樹にも及ぶものである。
(二) 同(二)の主張は争う。
本件買収当時、戎井類太郎は六八歳であつたが、なお自ら耕作する稼働力を充分保有していた。
右訴外人が、昭和三〇年一二月本件農地を村上正盛に売渡してはいるが、これは時の経過による事情の変更であり、本件農地の買収、売渡を無効にする理由とはならない。
(三) 同(三)の主張について、
本件農地の買収は自創法第三条第五項第二号によるものであるが、控訴人主張の如き違法は存しない。
(イ) 本件農地は、自創法第三条第五項第二号に該当する農地である。本件農地は控訴人と戎井類太郎間の請負契約により戎井が耕作に従事していたものであり、その請負契約の内容は、控訴人が土地を提供し、肥料代を負担し、農作業の大部分は戎井が担当し、その収益中果実につき控訴人七割、戎井三割の割合で取得し間作物につき二対八の割合で取得する等、むしろ、普通の小作に比して低い条件の請負契約である。従つて、本件農地が前記条項に当る農地であることはいうまでもない。
(ロ) 自創法第三条第五項第二号による買収は、同条第一項二、三号による買収と全く異なつたものであり、右五項第二号による買収は、保自、小作地の存否や消長によつて左右されるものでない。
しかのみならず、控訴人所有の残存保有小作地は別表(1)ないし(21)の通りでありその他にも控訴人所有の小作地と認められるものが同表(22)ないし(28)の通り存するのであるから、以上(1)ないし(28)の土地の面積は五反六畝七歩となり、(1)ないし(21)の土地だけでもその面積は四反八畝四歩となる。
仮に控訴人所有の保有小作地を前記表(1)ないし(21)の四反八畝四歩とし、かつ自創法第三条第五項第二号の買収につき同条一項第二号の適用ありとしても、保有限度を割つて買収した面積は、一畝二六歩であり、この程度の瑕疵は本件買収を無効ならしめる程重大明白とはいえない。
(ハ) 前記控訴人主張の(三)の(ハ)は全部争う。
(四) 同(四)及び(五)の主張は総て争う。
自創法及び本件買収処分は、いずれも憲法第一三条或は第二九条に違反するものではない。
(立証省略)
理由
当裁判所の見解は、左に附加する他は、原判決理由に記載と同様であるから、ここにこれを引用する。
(一) 控訴人は、本件農地(果樹園)に生立する蜜柑樹は土地と独立した権利の対象となるものというが果樹園においては、果樹そのものが目的でなく、その果樹から収穫する果実が目的なのであり、土地と分離した果樹が価値を有するものとは考えられない。しかのみならず、本件農地上の果樹について、「立木ニ関スル法律」による登記は勿論、特別に土地と分離した権利の客体たることを明認するような方法が執られていたものでないことは、控訴人の自認するところであり、他に、右のような果樹が土地と分離した権利の対象たるべき慣習或は特約の存在も認められないから、本件果樹園にある果樹を土地から独立分離した権利の客体であるということはできず、土地の所有権の移転と運命をともにすべきものである。このことは、その権利移転が売買等の有償行為にもとづくものである場合に、その対価として樹木そのものの価格を計算に入れるかどうかとは別個の問題である。
従つて、本件果樹園の果樹が土地と分離した権利の客体であることを前提とする控訴人の主張はすべて理由がない。
(二) 控訴人は、本件農地の買収及び訴外戎井類太郎に対する売渡しは戎井を利することのみを目的としたもので買収し得る権利の濫用であり違法なものであるというが、戎井が本件買収当時相当の高令であつたこと(控訴人は当時戎井が七〇歳であつたというが、成立に争いない甲第二三号証によると戎井は本件売収当時六六歳であつたと認められる。)から直ちに同人が本件農地の耕作に適していないものということはできず、かえつて、成立に争いない甲第一九号証、控訴本人(第一ないし第三回)の供述によつても、同訴外人は本件買収当時、本件農地の耕作に従事していたことを認めることができるのであり、また、その後に到り、同訴外人が本件農地の耕作権或は所有権を第三者に譲渡したような事実が存したとしても、これを以て、直ちに、本件買収目的が違法であつたと推認することも適当でない。他に、本件買収が控訴人主張のような不当な目的のためになされたと認めるべき資料もない。控訴人の右主張も採用の限りでない。
(三) (イ)、控訴人は、本件買収は、自創法第三条第五項第二号による買収であるが、本件農地は同号の農地に該当しないと主張する。
しかしながら、前記甲第一九号証、成立に争いない甲第一ないし第五号証、原本の存在及びその成立に争いない甲第七号証の三、同号証の六並びに証人官岡春吉、同西山渉、控訴本人(第一ないし第三回)の各供述を綜合すると(但し、控訴本人の各供述中後記認定に反する点を除く)、本件農地を含む蜜柑畑八反二四歩(実測面積八反四畝二九歩)は控訴人の所有であつたが、控訴人が戦時中応召して農耕に従事できなかつたので、昭和二〇年頃から控訴人が戎井をして蜜柑樹の栽培、間作等の農耕作業に従事させ、これに対し収穫を控訴人と戎井とが一定の割合で分配し、このような関係は控訴人が帰還後も続いていたこと、昭和二二年八月二二日頃、控訴人と戎井とは右のような従来の関係についてこれを文書化し、正式に雇傭契約をなしていること、右契約によれば、戎井が草刈、中耕施肥、消毒、採取運般等一切の農作業に従事し、控訴人は肥料代金管理費の七割、公課の大部分を負担し、蜜柑による純収益は控訴人と戎井間で七対三、間作物による収益については同じく二対八の割合で取得すること等が定められていること、その後も右畑の農耕は専ら戎井が従事していた事実を認定することができる。
右の事実からすると、控訴人と戎井との関係は、名目は雇傭契約となつてはいるが、その実質は本件農地の農耕を目的とする請負契約或はこれと類似した契約というべきであり、従つて、本件農地は自創法第三条第五項第二号に該当する農地というべく、これを同号に当らないものという控訴人の主張は理由がない。
(ロ) 次に控訴人は、本件農地買収が同条第一項第二、第三号所定の保有面積を超過してなされた違法があると主張する点については、同条第一項の買収は、農地改革の本趣である小作地の解放を義務的に行なわせるものであり、同条第五項は、右以外の土地につき自作農創設のため政府の自由裁量により適当と認められるものを買収しようとするものであるから、その趣旨において異なるものであり、他に明文の規定(例えば同条第五項第一号の如き)もないのであるから、同条第五項第二号の買収について、同法第一項第二、第三号所定の保有面積の制限に服するものと解するのは相当でない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の右主張も理由がない。
(ハ) 更に、控訴人は、控訴人所有農地中には本件農地以外に果樹園でない農地が存するのにこれに対する買収をなさず、果樹園である本件農地を買収したのは、前記自創法第三条第一項第二、第三号の保有面積を超過してなした点と相俟つて違法であるという。
同条第五項の買収は政府の自由裁量にもとづくものであることは前記の通りであり、その裁量権の行使がその範囲を逸脱してなされたような場合はその処分の違法の問題は生じ得るが、そのような違法は、元来処分の取消原因とはなり得ても、処分の無効原因とはなり得ないものというべきである。本件のような場合における右裁量権の行使に当つては、当該土地の現況、農耕の形態、或は土地所有者の保有地等についても勘案される場合があるであろうけれども、前記控訴人主張のような事実があるからといつて、本件買収処分を無効ならしめるような裁量権の範囲の逸脱があつたということはできないと考える。他に本件処分を無効としなければならないような裁量権の逸脱があつたと認むべき資料も存しない。控訴人の右主張も理由がない。
(ニ) また、控訴人は、本件買収は買収権の濫用であるというが、その主張せんとするところは、右に述べた自由裁量権の不当行使を主張するものと解せられるのであつて、本件買収に当つての自由裁量が不当なものといえないことは右に説示の通りであるから、控訴人の右主張も採用の余地ないものである。
(四) 控訴人は、自創法は憲法第一三条、第二九条に違反するというが、自創法による農地等の買収は、私有財産を公共のために用いる場合に該当するものというべく、その補償も自創法による農地改革のような目的に照らし、正当なものということができ(最高裁判所昭和二八年一二月二三日大法廷判決参照)、憲法第一三条、第二九条に反するものというべきでないと考える。
(五) また、控訴人は本件処分自体が憲法第二九条に違反するものと主張するが、本件処分において、本件果樹園を農地と認定したこと、或は、これを買収したことは何ら自創法の規定に反するものではないことは前説示の通りであり、自創法が憲法第二九条に違反するものといえないことも前記の通りである。他に本件処分が憲法第二九条に反するとの理由も発見し難い、控訴人の右主張も採用の限りでない。
(六) そうすると、控訴人の主張は全部理由がなく、本件買収処分は適法なものというべきである。よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、主文の通り判決する。